あらまし  

浦和のまちと建築

 浦和のまちは、中山道が天下の五街道に指定された約400年前に歴史に登場しました。 その後、明治4年に埼玉県庁が置かれ現在に至るまで、住まいをはじめその建築の形を変えながら、 結果としてのまちの姿も変化し続けてきました。現在も大きく変貌する浦和のまちには、歴史的な 環境や近隣コミュニティ環境の劣化などの課題がありますが、「うらわ建築塾」では過去・現在・ 未来のまちと建築の作法を学びながら、浦和のまちをより「住み心地」のよいまちにするための 市民の活動を応援していきます。


かつての埼玉会館など


「御成婚記念埼玉会館」と女子師範学校旧校舎鳳翔閣(後ろ)および昭和初期の周辺のまちなみ

「うらわ建築塾」について

本会は、うらわのまちをよりよく知り、より「住み心地」のよいまちにするために、市民および団体等に向けた専門家集団としての技術支援を行い、豊かな地域文化創造の一助となることを目的とします。そのため、本会は次の事業を行います。

  1. 「住み心地」のよいうらわの住まいやまちに関わる情報の収集と整理・発信事業
  2. 環境に対する意識やまちの歴史を大切にする心を育む事業
  3. 建築や都市に係る文化活動をともに楽しみ、コミュニティの絆を深める事業
  4. その他、本会の目的を達成するために必要な事業

運営委員


申込み・問合せ・連絡先(「うらわ建築塾」事務局ネットワーク)

ホームページ:http://urawakj.web.infoseek.co.jp/


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